THE VOLVO LIFE JOURNAL

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ボルボのプレミアム・ライフスタイル・マガジン。

村上龍の私とボルボ

presented by pen

#4 「救われた記憶、未来」

December 17, 2018

村上 龍 Ryu Murakami

作家

1952年、長崎県生まれ。『限りなく透明に近いブルー』で第75回芥川賞を受賞。『コインロッカー・ベイビーズ』『半島を出よ』『オールド・テロリスト』など多数の著作がある。『トパーズ』『KYOKO』は映画化され、監督も務めた。最新作は『すべての男は消耗品である。最終巻』。メールマガジン『JMM』を主宰、『カンブリア宮殿』(テレビ東京)にメインインタビュアーとして出演中。

1980年代初頭だから、もう40年近く前のことになる。深夜二時ごろ、仕事を終えて、青山通りを走っていた。確か2台目のボルボだった。宮益坂上を過ぎ、左斜め前方に渋谷警察署があるあたり、T字路になっているところがある。時間的に交通量は非常に少なかった。信号で止まり、青になるのを確かめ発進した。次の瞬間、右方向からのものすごい衝撃があり、大きく揺れて、エンジンが停止し、動かなくなった。最初、何が起こったのかわからなかった。すぐ右にフロント部分がぐしゃぐしゃに潰れたタクシーが見えて、事故なのだと恐くなった。赤になった信号を無視して猛スピードで突っ込んできたタクシーが、右側面に衝突したのだ。

冷静になるのに少し時間がかかったが、どこにも怪我がなく、痛みもなかった。公衆電話まで歩き、警察に電話した。渋谷署はすぐ近くで、数人の警官が来た。

「通報したのは君か、それで被害者はどこだ」

通報したのも、被害者もぼくです、と答えると、警官たちは、信じられないという表情になった。現場を見て、ぶつけられたほうのドライバーは死んだと思ったらしい。

ボルボには、運転手側のドア内部に鉄骨が1本入っている。それがなかったら、タクシーのフロントノーズが運転席に突っ込み、即死だった。ボルボは、こういう事態を想定して鉄骨を入れたのだと思った。車は全損だったが、いまでもその2台目のステアリングを、命を救ってくれたという感謝とリスペクトを込めて、書斎の壁に掛けている。

つい最近、いま乗っているS60にも助けられた。首都高の入口に向かう山手通りの側道が渋滞していて、のろのろとしか進めない。雨の夕方で、視界は悪かった。わたしは、つい脇見をしてしまい、ふいに前方の車が停止したのに気づかなかった。タイミングとして、ぶつかるのがわかった。すると、S60は、自動的に止まり「フルオートブレーキ・システムが稼働しました」というアナウンスが流れた。追突したら、雨の中、警察が来て書類をつくり、賠償について長々と話し、ひどく面倒なことになっていた。

また救われたと思ったし、自動運転の端緒を経験した気がした。個人的見解だが、世界最初の自動運転車をつくるのはボルボだと思っている。はるか昔から、万が一の事態に備えて多くの特殊素材を使い、ボディ全体で衝撃吸収を実現してきたメーカーなのだ。あらゆる事態を想定し、安全に徹した未来の車をつくるだろう。

ボルボの安全技術
「インテリセーフ」

「インテリセーフ」とは、クルマの安全性に対するボルボの総合的アプローチです。
最新のテクノロジーを活用して、乗員のみならず、車外の人をも守ります。
ボルボは1927年の創業以来、常に安全性を追求して製品開発を行ってきました。
現在、「2020年までに、新しいボルボ車での死亡者や重傷者をゼロにする」という安全目標「Vision 2020」を掲げ、
その実現を目指して安全技術の開発に取り組んでいます。

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