THE VOLVO LIFE JOURNAL

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LET'S TALK ABOUT MUSIC & VOLVO SPECIAL TALK ピーター・バラカン×細野晴臣

June 14, 2018

ピーター・バラカン
1951年イギリス、ロンドン生まれ。1980年から85年まで、YMOメンバーの海外コーディネイトを担当。現在は、ラジオ番組パーソナリティを中心に、雑誌、テレビ、WEBなど、ブロードキャスターとして幅広く活躍。

細野晴臣
1947年東京生まれ。音楽家。1969年「エイプリル・フール」でデビュー。1970年「はっぴいえんど」結成。73年にソロ活動を開始、同時に「ティン・パン・アレー」としても活動。78年「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」を結成。歌謡界での楽曲提供を手がけるプロデューサー、レーベル主宰者としても活動。YMO散開後は、ワールド・ミュージック、アンビエント・ミュージックを探求。作曲、プロデュースなど、活動は多岐にわたる。

初夏の陽を思わせる春の夜、東京、虎ノ門にある「ボルボ・カー虎ノ門」の2階に、今回も大勢の人々が集まってきた。
老若男女だが、今回は男性の比率が高いだろうか。20代、30代のカップルから、往年の大ファンという感じの方まで、実に様々。今宵も始まる、ラグジュアリーで、心が浮き立つ愉しい大人の時間。ピーター・バラカンさんと、盟友でもある細野晴臣さんのダイアローグ(対話)。車の話、音楽の話、若い頃のこと……、いったい、どんなお話がうかがえるのだろうかと、集まった人々の期待値が最高潮に高まった頃、小さなステージにバラカンさんと細野さんが登場。大きな拍手。そして、今宵のプレミアムな大人時間が、始まった。

バラカン今から35年前、ぼくは、YMO(※Yellow Magic Orchestra、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏の3人による、伝説的なテクノ・ミュージック・グループ。日本中で大ヒット、大流行となり、世界的にも話題に)の事務所の社員でした。その頃、YMOの楽曲の権利を欧米で展開しようとしていたんですが、当時はなかなか苦戦していました。ところが最近、日本の1970年代の音楽が遅まきながら、欧米で注目されるという状況が起きています。何がきっかけでこうなっているのかよくはわからないけど、マンガやアニメに対する興味がきっかけになっている人もいるでしょうね。

細野アメリカのあるレーベルから、僕がこれまで(日本で)発表してきたソロ・アルバムが、ほとんど全部リリースされることになっていて、今ちょっと楽しみにしています。でも、もっと早く「出したい」って言ってくれたらよかったのにね(笑)。

バラカン(笑)ちょっと面白いことになるかもしれませんね。

細野そうそう。

(会場拍手)

バラカン僕と細野さんとの出逢いは、さっき言ったとおりYMOの事務所に入ったときからだから、かれこれ35年以上のお付き合いがあるんですが、細野さんは昔から「いつも車を運転していた人」というイメージがあります。

細野そうですね。ずっと車は運転してきました。

バラカン細野さんが免許を取得したのは、いくつのとき?

細野成人してすぐだと思ったけれど……、そういえば、日本は何歳で免許取得可能なんだったっけ?(笑)たしかぼくは20歳のときに免許を取ったと思うな。

バラカン細野さんも、教習所に(通った)?

細野もちろん!もちろん通いましたよ。

(会場笑)

バラカン(笑)

細野「赤坂教習所」というところだった。皆さん、たぶん知らないと思いますが。

バラカンもう今はない?

細野ないないない(笑)。TBSのある一ツ木通りのところ、乃木坂から下ってすぐ右側に教習所があったんですよ。コースが中にきちんとあって、とっても広かった。

バラカンほんとう?ということは、赤坂は、当時、今よりずっと田舎だったってこと?

細野田舎、ということはないけれど(笑)、今とはまったく違いますよね。そんなに都会という雰囲気ではなかったかな。TBSはあったけれど、他には住宅や集合住宅以外、何もなかったです。当時、ぼくは学生で、半年かけて免許を取りました。20何時間かな、必須科目のようなものがあるんだよね。バラカンさんは、日本の免許、持っているの?

バラカン持っています。そもそも僕は運転免許を日本で取ったんです。1976年とか、それくらいだったかな。3か月くらい教習所に通って。僕のところは、とにかく教官が厳しくて。簡単に言うと、イジメ。

(会場笑)

細野あの頃は、どこもそうだったよね。意地悪だったよね。けっこうそれで傷ついて(途中で教習所通いを)やめてしまう人もいたんだよね。ぼくは、大丈夫だったけれど。とにかく6か月かかった。ぎりぎりでしたよ。6か月以内にとらないとダメだったから。

バラカン車は、買ったの?

細野父親の車ですよ。同じ頃、ぼくの同級生もちょうど免許取り立てで。父親のところに新車が来て、その車を借りて、2人で東京をドライブしてね。

バラカンいいですね。

細野で、新橋のあたりでぶつけたの。

(会場笑)

細野買ったばかりの車でしょ。父親はもう、ガックリしてね。そういう想い出が、最初の頃の車の記憶。

バラカン僕の細野さんの印象は、車もよく買い換えるし、よく引っ越しをする人。

細野そうですね。今でもそうです。

バラカン家の引っ越しは、2〜3年ごととか?

細野だいたい契約が切れる頃に、部屋にゴミが貯まるでしょう。

(会場爆笑)

細野遊牧民のように、さっさと移動するんです。部屋にゴミが溜まってきたら、引っ越す。すっきりして、いいですよ。あれ、何のはなし、しているんだろうね、僕らは(笑)。

バラカン(笑)じゃあ、この辺りで1曲いきましょうか。なんとなく、車に関係する曲を選びました。細野さん、ここ数年ずっと、「boogie(ブギー)」をテーマにしたアルバムを出しているでしょ。

細野うん。

バラカン僕も、ブギーで好きな曲はいっぱいあるけれど、これは、1940年、今から78年前。

細野すごいね。

バラカンウィル・ブラッドリー&ヒズ・オーケストラで、「ダウン・ザ・ロード・ア・ピース」

「Down the Road a Piece」by Will Bradley Trio

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