THE VOLVO
LIFE JOURNAL

ノーズワークと犬のウェルフェア 2020/12/09

犬も歩けば森に当たる!藤田りか子の“北欧”犬通信 vol.1

ボルボの生まれ故郷スウェーデンはウェルフェア(福祉)の国として世界的に有名ですが、人だけでなく、動物のウェルフェアも世界最高水準の国のひとつだと言われています。そして多くの犬たちが犬らしくかつ人々と社会と調和をもって暮らしています。

動物保護法では犬という動物としての習性を重んじ「犬とは社会性のある動物で、その部分を満足させるべき」と冒頭で述べられています。

愛犬は家族の一員。スウェーデンの飼い主たちもまた、犬の犬らしい暮らしのための努力を惜しみません。そんなスウェーデンの「犬との暮らし」をドッグ・ジャーナリスト藤田りか子さんが現地からお届けします。



藤田りか子

藤田りか子

ドッグ・ライター、犬学セミナー講師。スウェーデン・ヴェルムランド県の森の奥、一軒家にてカーリーコーテッド・レトリーバーのラッコとラブラドール・レトリーバーのアシカと住む。人生の半分スウェーデン暮らし。趣味はドッグスポーツ。ノーズワークとガンドッグ・フィールド・トライアルのコンペティター。アメリカ・オレゴン州立大学を経てスウェーデン農業科学大学野生動物管理学部卒業。生物学修士(M.Sc)。犬のブログサイト「犬曰く」運営者。主な著書に「最新世界の犬種大図鑑」(誠文堂新光社)など。



ノーズワークと犬のウェルフェア



藤田りか子さんの愛犬



鼻で感じて鼻で知る、使わせてあげたい大事な犬の鼻

犬が欲しいものはおいしいジャーキーだけではありません。人が休日のドライブや読書を楽しむように、犬も食以外の「楽しい」刺激を必要としています。では食べ物ではなければ、犬にとって最大のエンターテイメントはなんなのでしょう…?

そう、嗅覚を使うこと。視覚重視の私たち人間にはなかなか実感が湧きませんが、犬にとっては最も大事な感覚です。生まれたばかりの子犬の感覚器官で最初に目覚めるのは嗅覚です。散歩をしている時に犬はどうしても地面に鼻をつけようとします。他の犬がおしっこしたあとも目で確認すればいいものを、やはり鼻をつけずにはいられません。嗅覚を通して犬は人間にはとても感知できない様々な情報を分析しています。

犬の世界、鼻で感じて鼻で知る。だからこそ、「嗅ぐ」という行為は彼らのニーズともいえます。動物の身体的および心理的な衛生を保つために「アニマル・ウェルフェア」という概念があります。そこでは動物が痛みや苦しみを感じることなく、健全な体をもつこと、そして「動物が通常の行動様式を発現する自由」が保証されてなければならないとも説かれています。犬にとって「通常の行動様式」のひとつが、嗅覚で探索をする、ことです。

そのニーズをどうやって私たちは日常満たすことができるのか。散歩中に地面をずっとにおわせたまま歩かせる?確かに地面に残されたたくさんの情報を「読む」ことで、犬は楽しい一時を過ごすかもしれません。しかし散歩中に過度ににおいを嗅がせることに抵抗を感じる飼い主さんも中にはいるでしょう。なんといっても犬は時に延々ににおいを嗅ぎ続けますから、こちらもただぼうっと待っているだけでは少々退屈かも…。

脳トレにぴったりのノーズワークと言うスポーツ

どうせなら、犬も人も楽しめる嗅覚エンターテイメントがあればいいとは思いませんか?そこでノーズワークなのです。今世界で急成長しているドッグスポーツ。15年前にアメリカで考案されました。

筆者の住む国スウェーデンでも2014年にはクラブが設立され、その3年後にはケネルクラブの公認ドッグスポーツとなるほど大人気のアクティビティとして成長。年間競技数は200。競技者人口約3000人。



ノーズワーク競技会

スウェーデンでのノーズワーク競技会の様子。コンテナーサーチ。かばんに隠されているにおいを探します。



ノーズワークに限らずスウェーデンでは多くの犬の飼い主がドッグスポーツに勤しんでいますが、それは動物のウェルフェアが広く認識されているからともいえます。多くの飼い主は、

「犬に何か意義のある生活を与えたい」

「犬の才能を活用させて、心地よい精神状態にしてあげたい」

とよく語るものです。医・食・住のみならず、犬の精神衛生もケアするのは飼い主の責任として捉えられています。ノーズワークがこの世に出る以前でもスウェーデンには嗅覚を使わせる遊びが盛んにおこなわれていました。部屋や草むらにトリーツをばらまき犬に探させる「フードサーチ」はその中でももっとも典型的な嗅覚遊びです。もちろん筆者も愛犬のアシカとラッコで今でもよく遊んでいます。

さて、ノーズワークというスポーツはフードサーチからひとつステップアップします。フードは私たちが教えなくとも犬が自発的に探そうとするものです。が、ノーズワーク・スポーツでは、本来なら犬が全く興味をみせないにおいを探させます。このスポーツを職業にしている犬もいますね。それが爆薬探知犬や麻薬探知犬です。ノーズワーク・スポーツでは麻薬や爆薬の代わりにアロマ臭を使います。スウェーデンのノーズワーク・クラブのルールでは、ユーカリやローリエあるいはラベンダーの芳香蒸留水(=アロマ水)をスポイトで一滴だけフェルトや綿棒に垂らしたものを部屋や車に隠して犬に探知してもらいます。ノーズワークとは、言わば「探知犬ごっこ」なのですね。



車からの臭いを嗅ぐ様子



まずは試してみよう!

まずはアロマ臭のような犬が本来興味を示さないにおいを「探したい」と思わせるための仕掛けが必要です。

「うちの子、そんな難しいことできない!」

なんて諦めずに!そのカラクリは意外にも簡単。アロマ臭でトリーツを連想させるように学習をいれればいいだけです。それは私たちが「お札」をもらうと嬉しくなるのと似ています。人は紙切れを見て本能的に嬉しいと感じることはありませんね?しかし学習によってお札という紙切れで欲しいものが手に入ることを子供の頃に学んでいます。そしてその紙切れをもらうために日夜一生懸命働きます。

ノーズワークで使うアロマ臭は犬にとってのいわば「お金」のようなものです。このにおいを探し当てたら、おいしいトリーツが引き換えにもらえる、あるいは、楽しいボール遊びができる、と犬は連想をします。これまで興味のなかったにおいでも、そこに価値があると理解すれば犬は自然に探索行動を行い始めます。犬の本来の姿は「狩猟動物」です。だから探索行動を生まれつき備えているのです。



アシカ

我が家のアシカもコマンド「トリーツ!」で「採食行動」のスイッチがオン。さっと地面に鼻をつけトリーツを探し始めます。



ノーズワークを始めるにはいくつかの方法があります。トレーニングが得意という方は、ターゲット臭(探すべきにおい)を覚えさせるためにクリッカートレーニングでやる方法があります。トレーニングが初心者という方、かつ愛犬がややビビりである場合は、ターゲット臭を覚えさせる前にまずは犬の内に秘められている探索行動を引き出してあげるところから始めましょう。やり方は簡単!家の中や庭にトリーツをあちこちにばら撒いて探させます。犬の習性である「採食行動」を満足させることができますよ。まさにアニマル・ウェルフェアでいうところの「動物が通常の行動様式を発現する自由」です。筆者はこれをときどき朝ご飯の代用として犬たちにやらせています。

うちの子は拾い食いさせません、という方も、ぜひお試しを。トリーツ探しをさせるときはコマンドを設けるといいでしょう。「トリーツ!」というコマンドがでたら「勝手に地面のものを探してもいいんだ」と学習させます。我が家のラッコ、アシカもこのコマンドで「採食行動」のスイッチがオンになり、さっと地面を嗅ぎ始めます。

今年は愛犬との外出もちょっと我慢な時なので、ノーズワークは愛犬の好奇心や探求心を満足させる家の中でもできるアクティビティとしてお勧めです。



藤田りか子さん

次回以降のお話のなかで、お家でもできるノーズワークのやり方を紹介しますね。



文と写真:藤田りか子