THE VOLVO
LIFE JOURNAL

責任感のある飼い主になるために – スウェーデンの犬マイクロチップ義務 2021/09/29

犬も歩けば森に当たる! 藤田りか子の“北欧”犬通信 vol.6

アシカの子犬



アシカの子犬達が7週齢になったとき、つまり飼い主さんへの受け渡しのいよいよ1週間に迫ったとき、9匹のちびさん全員を車に乗せ獣医に行きました。子犬を譲渡する前に必ず獣医師によるヘルスチェック、ワクチン接種、そしてマイクロチップ装着を済ませることがスウェーデンケネルクラブによりブリーダーの義務として定められています。そして飼い主さんには血統証書、マイクロチップ識別番号バーコードが添付された子犬健康診断書、ワクチン証明書を子犬と共に手渡しました。



パピー達を連れて獣医さんへ。

パピー達を連れて獣医さんへ。マイクロチップを打ち込んだあと、健康診断、そしてワクチン接種。ひとつひとつ書類を書き込む。まわりはそう、書類だらけ。



ワクチン証明書。

ワクチン証明書。マイクロチップ番号のバーコード・ステッカーも貼られている。



マイクロチップといえば、日本でも飼い主情報を記録したマイクロチップ装着が2022年から義務化されましたね。スウェーデンではすでに20年前にそれが法律として定められています。というわけで今回は、マイクロチップをめぐるスウェーデンの犬事情についてお話をしましょう。

すでに40年前から存在していたマイクロチップ

犬にマイクロチップやタトゥーをつけて犬に個体識別番号を与えることがスウェーデンで法律となったのは2001年のことです。ちょっと古い統計になりますが、2012年での調査では個体識別を受けた犬は総犬人口の92.4%。つまりほぼ全ての犬がID化されているのですね。

ただし法律化される以前から、犬のID化は少なくとも純血犬種を持つ飼い主の間では当たり前のことでした。スウェーデンに移住して犬を飼い始めたのは今から25年前になりますが、その時譲り受けた子犬にすでに識別番号がついておりID化について初めて知ることになりました。当時日本では犬のID化について概念すらなく、それが普通のこととなっているスウェーデンの状況に感心したのを今でも覚えています。

スウェーデンで犬のID化が最初に提案されたのはなんと40年前のことでした。その頃はチップではなく耳にID番号をタトゥーとして入れていました。ただし最初は多くの人が懐疑的でそれほど普及しなかったといいます。90年代になって犬のID化は急速に進みました。当初は、スウェーデンケネルクラブがその登録管理を担っていました(現在は農業省の管轄)。そして必要とあれば、警察機関、および獣医クリニックにもその情報を公開していました。



猫につけられたタトゥーによるID。

猫につけられたタトゥーによるID。スウェーデンでは猫へのID化については任意。まだ法律化されていない。しかし多くの人が猫にもIDをつける。



なぜ、法的に犬をID化するのか?

ただし、スウェーデンには犬税は存在しません。ならば今まで通りケネルクラブでの登録だけで十分なはずですが、どうして法的義務化を必要としたのでしょうか?

たとえばもし無責任な飼い主が犬を放し飼いにして、よその犬や人を噛んだ場合。犬に飼い主の身元情報と紐付けされているIDがついていれば、誰が飼い主なのか突き止めることができます。そこで 犬の行動監視への責任を問うことができるでしょう。犬にIDをつける、というのはすなわち飼い主の身元を登録する、という意味でもあります。犬の行動は、あくまでも飼い主の責任、というのは、スウェーデンではヨーロッパでもユニークな立場を取っています。



グルーミングやしつけのやり方などを伝える

ブリーダーは子犬を飼ってくれた人を時々集めては、グルーミングやしつけのやり方などを伝える。「責任ある飼い主」を作る文化において、ブリーダーの役割も大きい。この文化観のおかげで犬のID化も普及したと思われる。



スウェーデンは同じ北欧諸国でもデンマークのような「危険犬種リスト」を法的に設けていません。「危険犬種リスト」とは、 リストに挙げられている犬種を飼ってはいけない、という法令です。危険犬種禁止法は、ヨーロッパの多くの国でも施行されており、たいてい土佐犬、ピットブルテリアなど、闘犬犬種(あるいは元闘犬犬種)がその対象となっています。しかしスウェーデンは頑なにこの法の採用を拒んできました。危険な犬というのは「犬種が原因ではなく飼い主の飼い方や育て方による」という信念がケネルクラブなど犬専門家の間にあったからです。逆に言うとどんな犬種だって飼い方次第では、凶暴になりうるというわけです。

身元を登録することで飼い主の責任を強化できますから、飼い主はより適切な管理を行い、かつ犬が社会に適応できるよう努力をします。ちなみに、もし飼い主が変わった場合は、飼い主登録を更新することが求められています。

ケネルクラブの独自の飼い主登録

法律で義務付けられている犬のID化は、農業省の管轄です。中央犬管理局という部で行っています。これとは別にスウェーデンケネルクラブに「どうぶつID」という機関があり、ここでは犬のみならず猫のID番号と飼い主の情報登録を行っています。そして犬も猫も血統証書の有無にかかわらず、だれもが登録をできます。つまりミックス犬でもID登録は可能ということです。もちろん農業省で登録しているID認識番号をそのまま使えるというシステムです。

農業省への飼い主登録は義務ですが、ケネルクラブへの飼い主登録は任意です。それでも、83%の犬がケネルクラブにて登録されているところを見ると、ほとんどの飼い主は、両方の機関で登録を行っている、ということでもあります。ケネルクラブのID登録 のメリットは、ケネルクラブがデータベースのアクセスを一般に公開していること。農業省へのデータベースではそれが不可能です(警察庁などそれなりの権限を持った機関のみのアクセスはOK)。なので、もし迷子になっている犬をみつけたら(そしてIDをチップリーダーで読むか、あるいはタトゥを読んだら)、ケネルクラブのホームページに入って、犬の登録番号を打ち込めば、飼い主の連絡先が現れます。しかし飼い主によっては、連絡先を一般公開していないこともあり、その場合はケネルクラブに問い合わせ、連絡先をもらいます。

もちろん迷子の犬をみつけたら、警察あるいは農業省に連絡をして、農業省でのデータベースから調べてもらうことも可能です。



スウェーデンケネルクラブの管轄している「どうぶつID」のページ

スウェーデンケネルクラブの管轄している「どうぶつID」のページ。もし、さまよっている犬を見つけ、獣医あるいは警察でマイクロチップリーダーを借りて、ID番号がわかれば、このページの「犬を探す」に入り、CHIP Numberに番号を打ち込む。(猫の場合、猫を探す、というページに入る)



スウェーデンケネルクラブの管轄している「どうぶつID」のページ

この犬の飼い主が連絡先をインターネットでの一般公開を許可していれば、以上のように犬の詳細、その下に飼い主の詳細、つまり住所、電話番号、メールアドレスがでてくる。ここで、飼い主に直接コンタクトが取れるのだ。こうしてだれもが情報を得ることができる。連絡先を一般公開していない飼い主については、ケネルクラブに問い合わせてから、情報をもらう。



スウェーデンのID制度が素晴らしいのは、法的であるがために、チップのシステムが標準化されており、それゆえに簡単に検索できること。もし複数の団体で管理されておりチップがさまざまなタイプであれば、たとえ迷子の犬をみつけてもどこの団体のデータベースで検索すべきなのか、そこから調査をはじめなくてはなりません。非効率ですね。

スウェーデン国内のみならず、これらチップ番号のデータベースはEU諸国内でシェアができるようになっています。ヨーロッパにはEuropetnet(ユーロペットネット)という団体があり、外国で犬・猫をなくしてしまった際に、ここで調べてもらうことができます。Europetnetはヨーロッパ各国のペットIDと飼い主の情報を管轄している協会とデータをシェアしており、たとえばスウェーデンであれば、ユーロペットネットはスウェーデンケネルクラブのデータにアクセスできるというわけです。犬のID化は欧州ではとても発達しています。国同士が隣あっている、という事実のためでもありますが、しかし、そのおかげで犬の管理統一化が図れられます。これは飼い主にとっても、そして動物福祉の視点からも、とてもポジティブな発展ではないでしょうか。



藤田りか子

藤田りか子

ドッグ・ライター、犬学セミナー講師。スウェーデン・ヴェルムランド県の森の奥、一軒家にてカーリーコーテッド・レトリーバーのラッコとラブラドール・レトリーバーのアシカと住む。人生の半分スウェーデン暮らし。趣味はドッグスポーツ。ノーズワークとガンドッグ・フィールド・トライアルのコンペティター。アメリカ・オレゴン州立大学を経てスウェーデン農業科学大学野生動物管理学部卒業。生物学修士(M.Sc)。犬のブログサイト「犬曰く」運営者。主な著書に「最新世界の犬種大図鑑」(誠文堂新光社)など。



文と写真:藤田りか子